4日目の模様は、こちらからご覧ください。
5日目は、旭川駅から出発します。旭川からは、稚内行き特急「宗谷」に乗車します。
宗谷号は札幌駅と稚内駅を結ぶ特急で、始発から終点まで乗ると5時間以上かかる、ロングラン列車です。旭川から稚内に向かう場合でも3時間以上かかるため、北海道がいかに広大かが分かります。
旭川から宗谷本線に乗って向かう場所と言えば、ほとんどの人は「稚内」と答えるでしょう。稚内は日本最北端の地であり、稚内駅は日本最北端の駅でもあります。
ですが今回は、稚内駅まではいかず、途中の音威子府という駅まで行きました。今思えば稚内まで行っておけばよかった…と思っていますが、当時は比較的マイナーと言える音威子府駅に行きたかったのです。
知名度が高い場所よりも、あまり人が来ることがない地域に行きたい。それが当時の私のスタンスだったのと、YouTubeで音威子府を映した動画を見て、実際に行ってみたいと思ったので、音威子府を選びました。
まあ、稚内よりも音威子府のほうが、早く旭川に帰って来れるから。というのもあるんですけどね。
というわけで、旭川から1時間半ほど特急に乗り、音威子府駅に到着しました。
ちなみに、音威子府は「おといねっぷ」と読みます。干支で「子」を「ね」と読むことを思い出してみると、そんなに不自然な読み方ではないことが分かりますよね。
音威子府にはかつて天北線という路線が通っていたのですが、現在は廃止されています。それでも音威子府は高速バスを含む地域交通のターミナルになっており、地元住民の方に利用されています。
音威子府駅が位置する音威子府村は人口が600人程度で、北海道内では人口が最も少ない自治体ですが、駅は特急が停車する大変大きな駅となっており、駅員さんもいらっしゃいます。駅舎に「交通ターミナル」と書かれているのが良いですね。
音威子府駅を出て、しばらく駅前を歩いてみたいと思います。駅前を少し歩くと、国道275号線に出ます。
275号線を咲来方面へしばらく進んでみると、ある食堂が見えてきました。
「一路食堂」という食堂です。この食堂では、音威子府名物である黒いそばをいただくことができます。黒いそばの存在は知っていたのでぜひ食べたいと思っていたのですが…
残念ながら、この日はお休みでした。仕様がないので、駅方面に戻り「Aコープ音威子府」に行って食べ物を買いました。
この「Aコープ」は、2020年の6月で閉店になってしまったようです。駅周辺にはセイコーマートもあるので、買い物ができる場所がなくなったわけではありませんが、行ったことがある場所がなくなってしまうのは悲しいです。
Aコープで調達した食べ物は、天塩川の河川敷で食べました。
全国どこでも売っているようなものでしたが、天塩川で食べるとなんだか特別な感じがしました。
さて、音威子府周辺を満喫したので駅へと戻ります。音威子府駅には、かつて当駅を通っていた天北線に関する展示があります。
当時の繁栄ぶりを伝えるさまざまな資料があり、とても面白かったです。
音威子府駅から再び宗谷本線に乗ります。名寄行きに乗車し、名寄へと向かいます。
宗谷本線には数多くの秘境駅があり、降りてみたい駅もたくさんあったのですが、本数の関係でなかなか降りることはできませんでした。
音威子府から1時間ほど列車に乗り、名寄に到着。
名寄は道北地域の代表的な都市であり、かつては名寄駅から深名線や名寄本線という路線が分岐していました。
今は宗谷本線だけしか残っていませんが、特急列車が停車するのはもちろん、宗谷線の旭川ー名寄間は本数も比較的多く、日常的に利用されていることが特徴です。
名寄駅前にはまずバスターミナルがあります。札幌や枝幸、鬼志別などさまざまな方面に向かう高速バスや、深名線区間を走るJR北海道バスなどが発着しており、とても充実しています。
名寄は道北を代表する都市ということもあり、駅前は発展しています。道北を拠点とする「西條」というショッピングセンターをはじめ、駅周辺にはたくさんの商業施設が立地しています。
名寄から東風連方面に南下していくと、SLがありました。
これはSL排雪列車キロマキと呼ばれる車両のようです。名寄のある道北は北海道でも屈指の豪雪地帯なので、冬季はこのような車両が大活躍したのでしょう。
場所は名寄市北国博物館の近くなので、興味のある方はぜひ行ってみてください。
さて、名寄からは特急「サロベツ」で旭川へと帰ります。サロベツ号は旭川と稚内を結ぶ特急です。使用されている車両も停車駅も宗谷号と同じなので、走っている区間だけが違うということになります。
4日目に続いて、5日目も旭川で宿泊します。夕飯はこちらも4日目と同様に駅直結のイオンで調達しました。
旅は5日目が終了。6日目は、函館本線に乗って札幌方面に向かいます。